流し温麺!

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えびな市民活動センター交流館(神奈川県海老名市さつき町)で「流し温麺」が行われました。

青空の下、約120人の市民らが、海老名市と姉妹都市の宮城県白石市の名産品を味わいました。

えびな市民活動センター交流館の屋上で行われた流し温麺は、海老名市内で伐採した竹を加工して作った樋4本を使って実施。

温麺は、長さが約10センチと一般的なそうめんより短く、箸で取りにくいため、速く流れないよう樋の傾斜は緩やかに設定されました。

参加者は、4~8人のグループになり、流れてくる温麺をすくい上げて、つゆに浸して楽しみました。

麺を流す作業に熱中する子どももいて、会場は和やかな雰囲気に包まれました。

家族で参加した海老名市内の男性は「家庭ではなかなかできないので楽しい。温麺もおいしい」と大喜び!


海老名市は、白石市と北海道登別市とのトライアングル交流を進めています。

えびな市民活動センター交流館では、登別市の牛乳を使ったアイス作りも行いました。

担当者は「体験を通して白石、登別を知ってもらいたい」と話してくれました。


温麺の歴史

今から400年ほどの昔、当地白石城下に鈴木味右ェ門という人がおりました。

味右ェ門の父は、胃を病んで床に伏し何日も絶食しなければなりませんでした。

味右ェ門は大変心配し、何か良い食餌療法はないかと八方手を尽くしていたところ、旅の僧から油を一切使わない麺の製法を教わりました。

さっそく、それを造り温めて父にすすめたところ、父は快方に向かい、やがて全快したということです。

小麦粉を塩水でこねて造るため、舌ざわりがよく消化もよく胃にやさしいため回復を早めたのでしょう。

この親孝行の話が時の殿様に伝わり献上したところ、みちのくの人の温かい思いやりを賞で「温麺」と名付けられました。

その後、近隣からも所望され製造販売するようになりました。

俳人芭蕉が奥の細道をたどった元禄年間の物語です。

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