与謝野晶子・薄田泣菫に送った短歌103首直筆歌稿発見!未発表も!
与謝野晶子が、倉敷市出身の詩人で随筆家の薄田泣菫に書き送った短歌103首の直筆歌稿が見つかりました!
そのうち16首は未発表の可能性が高いことが、加藤美奈子・就実短大准教授(日本近現代文学)の調査で確認されました。
与謝野研究の貴重な資料として注目されています。
歌稿は、B4サイズの原稿用紙12枚。
黒インクのペン書きで1枚に5〜10首収め、一部は冒頭に「秋の薔薇(ばら)」「萱(かや)の葉」といった題名と「与謝野晶子」の署名が添えられています。
短歌は、すべてルビが振られており、大阪毎日新聞の編集者で親交が深かった薄田泣菫に新聞掲載用として書き送ったとみられます。
薄田泣菫の遺族から倉敷市に寄贈された1700点以上の書簡類「薄田泣菫文庫」から見つかり
与謝野研究を手掛ける加藤准教授が調査。
そのうち87首は異同があるものの大阪毎日新聞紙上か全集に掲載されていますが、残る16首は初出が確認されていません。
全集掲載歌の配列などから歌作が充実していた1913〜1921年の大正期の作とみられます。
そのうち16首は未発表の可能性が高いことが、加藤美奈子・就実短大准教授(日本近現代文学)の調査で確認されました。
与謝野研究の貴重な資料として注目されています。
歌稿は、B4サイズの原稿用紙12枚。
黒インクのペン書きで1枚に5〜10首収め、一部は冒頭に「秋の薔薇(ばら)」「萱(かや)の葉」といった題名と「与謝野晶子」の署名が添えられています。
短歌は、すべてルビが振られており、大阪毎日新聞の編集者で親交が深かった薄田泣菫に新聞掲載用として書き送ったとみられます。
薄田泣菫の遺族から倉敷市に寄贈された1700点以上の書簡類「薄田泣菫文庫」から見つかり
与謝野研究を手掛ける加藤准教授が調査。
そのうち87首は異同があるものの大阪毎日新聞紙上か全集に掲載されていますが、残る16首は初出が確認されていません。
全集掲載歌の配列などから歌作が充実していた1913〜1921年の大正期の作とみられます。